言葉にしたら、世界に残る
048:それは呪いの言葉に似た
意外とチョロいな。心中でひとりごちながら佐山リョウは手の中の財布へ目線を投げる。所属が決まった時に支給された制服はズルズル脱がされて肘のあたりでわだかまる。露骨に下腹部へ触れてくる相手の手は熱いのにあと一歩を踏み出す覚悟もない。相手はリョウの背中や腰、脚の間をしきりに撫でさすった。片手で器用に財布を開くと紙幣だけを抜き取り戻す。団体をいきがっても底辺階級の出身としてある程度の嗜みがある。体を切り売りする意味は多岐にわたる。財布を戻してから数を数える。ちょうど百まで数えてからリョウは靴の踵で相手の足を思い切り踏みつけた。
「時間だ糞野郎」
怯んで離れる隙に身を翻す。今回の相手は意気地なく追ってもこない。追ってくるなら仕込みナイフで威嚇するだけだ。つまらない眼差しを投げてからリョウは乱れた着衣のままで歩き回る。獲物が居るならよし。いないなら部屋で寝る。へそが覗く隙間から手を突っ込むと皮膚を引っ掻いた。据わりが悪い。
ぽん、と長いものが跳ねる。それがきつく結われた三つ編みなのだと気づいた時には男が立っている。年の頃はリョウと大差ないのに表情は驚くほど動かない。少年であっても彼はリョウを相手にした時、明確に雄だ。嫌なのにあったな。着衣の乱れを直そうとするリョウに彼は口の端だけを吊り上げて笑んだ。
「遅い、馬鹿」
襟元を掴まれる。引き寄せられて唇が重なった。息を継ごうと開く隙間にさえ舌がねじ込まれる。
「あ、きと」
日向アキトは明瞭に笑んだ。頬へ添えられた手は驚くほど冷たい。アキトは勝手知ったるリョウの体を拓いていく。手懐けられていると思うのに与えられる快楽に甘んじる。冷たい手が釦を外してサポーターの内側へ入り込む。身震いすると耳元で笑われた。リョウの膝が砕けるまで唇は貪られてくずおれる体は屈服させられる。遠慮もなく怯みもないアキトにリョウはズルズルと流されていく。
「ハメルゥ?」
誰だよそれ。アキトが持ってきた伝達事項にリョウは威嚇的に異を唱える。表情どころか眉筋一つ動かさないアキトはしれっと言う。お前のおいたがバレてるな。直々だが内々で事を済ませる気はあると言っていたぞ。始末書が必要になる前に言い訳してこい。階級は少佐。生真面目だが誠実な人柄だ、多分な。アキトに促されるまま歩きまわる。階段の昇り降りや曲がり角の多さなど欧州の城がリョウは好きになれない。磨かれた床には泥の靴跡をつけたくなるし壁にはスプレーで文言を書きなぐりたい性質だ。縄張りの意思表示だ。主張しなければ奪われていく階級ゆえの癖でもある。ここだな。アキとは気負いもなく扉を叩く。日向アキト少尉です。佐山リョウが同行しています。返事がありアキトが扉を開く。部屋の奥へ気を取られていたリョウの体は思い切り突き飛ばされて部屋へ飛び込んだ。しかも飛び込んだリョウの後ろで扉は無情に閉じる。目の前にあるのは仰々しい文机だと思う。机面は広く継ぎ目も見えない。一枚板なのかもしれなかった。品よく姿勢もいい細い男がそこにいる。オスカー・ハメル。階級は少佐。辺境と言って良い部隊に割り振られているのは彼の出世に響いているかどうかは判らない。
「君の行動が目に余りあると申し出があった」
銀縁の眼鏡は彼の理知を引き立てる。冷淡にも見えるが顔立ち自体は整っている。そばへ置かれた軍帽も清潔で、軍服に不自然な折れもない。ハメルは淡々とした調子でペラリとした書面を読み上げる。リョウは特に留意するでもなく一定の音韻を刻むハメルの声を聞いていた。明瞭に聞き分けられる発音には訛りもない。口元が引き締まり、開閉に蠢く唇が桜唇だ。肌も白い。前髪は上げられているが細い房がいくらか垂れている。
「聞いているのか」
不満気に引き結んだままの口元へハメルの視線が据えられる。金銭のやりとりがあったと聞いている。へぇ品のいい事言う奴がいたもンだな。悪びれもしない。底辺生活はリョウの在りようを変えた。泥水と屑籠をあさり必要があればなんでもする。男に体を触らせるなどおとなしいくらいだ。もっと露骨な商売で生き抜くものは性別に関わりなくいた。滔々と続くハメルの説教にも飽きてきた。結局コイツも品のいい温室育ち。
リョウは躊躇なくハメルの元へ近寄るのその襟元を掴んで引っ張り立たせる。年少で階級も下の者からの暴挙にハメルの表情がぽかんとした。そういうところが育ちがイイって言うンだよ。そのまま突き飛ばすようにして床の上へ組み伏せる。敷き詰められた絨毯で物音はほとんどしない。
「お前男と寝たことある?」
リョウの手が乱暴に襟を開いていく。白くて糊の効いたそれがひどく気に障る。釦を千切り飛ばす勢いで開けさせるとあらわになった喉元や胸部へ唇を寄せる。舌を這わせるだけでハメルの頬が紅潮する。白いせいかその変化が際立った。したことない? 揶揄さえ含めるそれにハメルが言葉をなくす。リョウは唇を舐め濡らしてから笑った。冗談だろ。自らのベルトを緩める。同時にリョウはハメルのベルトさえも解くと取り出した刀身へ舌を這わせる。舌を出して舐めながら吸い付く。
「ん、む、……ぅン…」
やわい袋をしごくようには先端をくわえ込む。よせ、とハメルの声がか細い。リョウは刀身を咥え込んだまま目線を上げた。糸を引く舌先が先端を舐る。なんかこっちが掘ってるみたいだな。
「な、にを」
リョウは手探りで靴やズポンを脱ぎ捨てる。あらわになる下腹部にハメルの尖った喉仏が上下した。
「掘らせてやるって言ってンだよ」
乗りかかりながらリョウは蜜で溢れかえる口へ自らの指を突っ込む。たっぷりとした雫をまとう指先が自らの菊座を解していく。くちゅくちゅと濡れた音がし始めるとリョウの頬が染まっていく。上気した肌が色を帯びる。四つん這いでまたがるリョウの脚の間からとろりとした蜜が溢れる。
「…ま、待て、なに、を」
「天国見せてやるからおとなしくしてろよ」
噛み付く激しさで唇を奪う。空いた手は蜜を垂らす抜き身を添わせる。たらりと糸をひく抜き身の先端がハメルの刀身と触れる。くっつくだけで腰が慄えるほどの快感がある。リョウの腰がもどかしく揺れ指先が抜き身と刀身をこすり上げる。
「ン、ぁう……ン、ん…――ッ…」
口元からさえも涎が垂れて唇を濡らした。息を継ごうと離れる間に熱を帯びた吐息が満ちる。ねばつく音をさせてリョウの菊座へ刀身の先端を据える。ぬぷ、と弛んだ菊座は刀身を呑みこむ。
「は、ぁ――…はい、った…ぁ……」
呑み込みきったところでリョウの胎内が切なく蠕動する。貪欲な内壁がハメルの刀身を締め付ける。
「女と寝たことあるだろ…? やることは変わらねぇんンだよ…ぶち込んで揺すれよ。突き当たる場所はねぇからな。あ、は…ぁ…う…ぅン…」
ぶるぶるっと身震いするリョウの体が艶めく。はぅ、と満ち足りた甘い吐息が漏れる。そうだよそのまま突き上げろ。腰を揺すれよ。ハメルの細い指がリョウの臀部を掴む。リョウは体を仰け反らせて浅ましく啼いた。涎や涙が散る。口の端からあふれる唾液が頤を汚す。
「あ、は。…もっと、よこせよ…!」
ハメルの細い指。リョウの腹を撫でる。
「俺のこと好きになれば」
もっと楽だぜ? 嗤う。わらう。
背骨がしなってリョウの菊座はハメルの刀身を呑む。何度も震えてリョウはハメルにすがるようにして情交をもった。
いつもどおりに着崩した着衣で部屋を退出する。軋む腰をさすってリョウはゆっくりと歩く。ハメルはしばらく使いものにならないだろう。うるせぇやつは強引に事を進めるに限る。
「新雪の味はどうだった」
隠語で堂々と話しかけてくるのはアキトだ。火蜥蜴め。リョウは無視してアキトを通り過ごそうとする。アキトはその後ろへ油断なくついてまわる。
「線が細かったな。アレは女なのか?」
「お前が試せよ」
「ずいぶん楽しんだろう」
しなう右手をアキトはあっさり掴んだ。怯むリョウの腰が抱き寄せられる。丈はアキトよりあると思うのにいいようにあしらわれる。その手が臀部を鷲掴む。びくんとはねてしまうリョウの体をアキトが笑った。正直だな。お前以上の女はいないだろうな。ベルトを緩めようとするアキトの手を抑える。なんだ? うるせぇもうしたくねぇんだよ。
「お前の都合は知らない。そもそも、お前がハメルに乗っかったんだ。オレには関係ない」
着衣の中へアキトの手が滑りこむ。冷たい。ビクリと慄えるのをアキとは愛でるように唇を舐る。
「………見てたのかよ」
「聞いてた。場所によって壁が薄いんだ。穴場がある」
「性質が悪ィぜ…」
「要領がいいといえ」
アキトがかぷりとリョウの耳朶を食む。おい、もう。だったら余計に許せない。
「お前の体はオレのものだ」
アキトが嗤った。
「お前の言葉で落ちるなら」
蠢く唇の紅さが鮮烈に灼きつく。
「お前がオレの言葉で落ちればイイ」
アキトの手も眼差しも冷たくて。慄えてしまう。
「お前が好きだよ」
呪いの言葉だ。
「あぁ、そうかよ」
リョウは妖艶に酷薄に笑んだ。艶めく眦や口元、唇にアキトの眼差しが注がれる。
「俺も好きだぜ?」
嘘ばっかり。
《了》